2010年08月29日

Twitterはマスメディア?

 この間紹介した、ルディーさんのblogを遅れながら、覗きはじめているのですが、その中に「Twitter(ツイッター)はクチコミ媒体ではない」というのがありました(もう随分前のものですが・・・)。ぼくは、Twitterは、やってないし、あまり興味が持てないでいるのですが、Twitterが双方向のマス媒体という考え方は、面白いと思いました。マス媒体ということは、有名人がやるには、うってつけのシステムなのかも知れません。反応がダイレクトにあるし、やるほうは、面白いのかも知れませんね。

 ぼくは、有名人ではないし、毎日つぶやくことに、煩わしさを感じるような気がするしで、Twitterの良さがよくわからないでいます。2chが流行っていたときにも、その良さがよくわからなくて、敬遠していたのですが、そのときと似ているのかなとも思います。そんな中でも、クチコミによる宣伝力は、こういうところから、発信されているのかなと、漠然と思っていたのですが、Twitterにデビューしさいすればという考え方は、違うような気がしますね。

 よく、Twitterのまとめとかあるのですが、(2chとかもありますよね)ああいうのって、ぼくは読んでて疲れます。だから、よほど興味がある時でないと読む気がしません。その点、blogは、それなりに、話をまとめて書いてくれているので、興味がなくても面白く読める気がします。ぼくは、そういう、そこそこちゃんと書かれているもののほうが、性に合っているようです。

 やはり、Twitterは傍観者のままで終わりそうな気がします。
posted by mogura at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月14日

売り方は類人猿が知っているを読んで

 またまた、随分間が空いてしまいました。1回、からっぽになると、なかなか復帰するまでに時間がかかってしまいます。一回忙しさに捕まってしまうと、なかなか抜け出せませんね。

 さて、もう、随分前の話になってしまったのですが、最近、読み終わった本の話でもあるので、最近知った、ルディー和子さんの話でも書いてみようかと思います。

 糸井さんが、ほぼ日の今日のダーリンで、「売り方は類人猿が知っている」という本を紹介されたことがありました。それをみて、興味が沸いたので、読んでみたいと思い、本屋に行ってみたのですが、残念ながら見あたらず、それから数日が経ってしまいました。忘れた頃に、その著者であるルディー和子さんという方との対談が始まって、それを読んでたら、また興味が沸いて来たので、早速、買って読んでみました。

 マーケティングや、宣伝、売り込みなどなど、売るということについて、考えるようになって、最近思うことは、結局、売る相手である、お客さんのことをよく知る必要があるのかなと。そして、それは、結局、人という生き物について、知るということなのかも知れないなと。つらつらと考えています。

 対談の中で糸井さんが、

広告屋やってるときから疑問があったんですよ。
誰でも、うまいものはうまいし、きれいだなぁって思うものはきれいなのに、魂がふれるような感覚っていうのを、みんな、つかむことを諦めて、細分化したターゲットだ、セグメントだ、マーケティングだっていうところに行っちゃってる。
それはマーケッターの仕事を増やしてるだけで人にためにならないなっていう気持ちが、広告をやってるときからずーっとありました。
さて自分がいろんなことを決定してもいいという場所に立ったとき、誰が見てもいいものを狙えるように、だんだんなってきたんです。

と仰ってます。

 ぼくは、こういうある1つの人間の集団で共通している価値観ってなんだろうと考えることがあるのですが、この答えを、人類の歴史から紐解いてみるというのは、面白い試みかも知れません。

 人が誕生して以来、劇的に進化し、変わってしまっているなら、あまり意味がないかも知れませんが、根本的なところは、何も変わっていない。寧ろ、周りの状況のほうが、劇的に変化してしまっていて、人がそれについて行けてないのではというルディーさんの考えかたは、面白いと思います。

 ルディーさんの本は、社会学や、心理学だけでなく、最近の脳科学による裏付けを元に理論展開されているので、それなりに説得力があって面白そうです。
 脳には、類人猿をはじめ、種々の動物たちがもっている、生きるために進化してきた恐怖などの基本的な感情を司る大脳辺縁系と、思考ができる新たに付け加わった機能を持つ大脳新皮質があり、決定においては、この両者の比重のうち大きいほうが選択されるという考え方は、なかなか面白いと思いました。
 意識化での決定は、大脳新皮質が勝った場合で、よく考えた末に出した結論は、このパターン。でも、頭ではわかっていてもとか、なにも考えずに、ぱっと見て決めるとかの場合は、大脳辺縁系が決定の要素を握っている。大脳辺縁系の処理は、必ずしも大脳新皮質には上がらないので、無意識下で行われる場合もあり得ます。だから、考えとは逆の行動をとることもあるし、なんとなく好きとか嫌いという第六感みたいな感覚になるのかも知れませんね。
 実は、この無意識下での行動というのは、全ての決定は意識化のもと、合理的に選択されるという前提が通用しないことを意味してますよね。
 まだ、よく知らないのですが、最近よく目にする、行動経済学というのは、この辺りを考慮した考え方なのでしょうか?そうであるなら、ちょっと、興味が出てきました。
 すぐにとは行きませんが、ぼちぼち、勉強してみたいと思います。

売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ)
売り方は類人猿が知っている(日経プレミアシリーズ)ルディー 和子

日本経済新聞出版社 2009-12-09
売り上げランキング : 1100

おすすめ平均 star
star専門外では?
star人類進化の歴史から現在の現象を読み解く
starとても読みやすく、概念が広がる

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



posted by mogura at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

若手スポーツ選手にエール

 昨日、サッカーの中田英寿さんと本田圭佑選手の対談をやってましたね。ぼくは、スポーツ選手にのめり込むことはあまりないのですが、なぜか、現役時代の中田選手は、好きで、今で言う個人ブログなんかもチェックしていたのですが、引退されてからは、ちょっと興味を失っていました。
l

 今回の対談を聞いていると、サッカーのようなプロスポーツの世界で、自分の個性を貫き通すことの難しさや、苦悩の日々が垣間見えて、とても面白かったです。海外のサッカー事情なんかを聞くと、団体スポーツではあっても、個人が、そこに確立できて、初めて対等に渡り合えるのかなと感じました。その手段が何で、どういうことをすれば、周りに認められるのかは、業界によって違うのでしょうが、そのこと自体は、他の世界でも同じなんだろうなと思うわけです。サッカーの場合は、点を取ること。これに勝るものはないと仰ってましたね。実力を見せて、認めて貰うこと。簡単なようで、難しいですよね。
 こういうこと、日本人は、少し苦手なことなのかも知れません。日本人は、実力者を陰からリスペクトすることはあっても、アピールすることを嫌う傾向があるような気がします。そういうことをすると、輪を乱すと言ってみたり、出る杭は打たれると言ってみたり、空気が読めないと言ってみたりしますよね。下手をすると、村八分になったりします。そういう環境って、良いことも確かにあるのだけれど、前には、進めない環境のような気がするんですよね。
 そう言った中、本田選手のような日本人は、希有な存在かも知れないし、今の日本には、貴重な存在だと感じました。若い世代に、本田選手のような我の強い選手が活躍している状況というのは、まだまだ日本も捨てたものではないと、珍しく思いました。今、まさに、かつての中田選手が体験したことを、ガチで体験している本田選手にとっては、この対談は、すごく刺激的だったのではないかなと思いますね。

 スポーツといえば、この間、世界卓球も開催されていましたね。たまたまつけたチャンネルでやっていて、ついつい見てしまったのですが、有名になっている女子より、男子のほうが面白かった。吉田海偉選手と水谷隼選手、中国戦は、負けてしまいましたが、とても良い試合でした。特に、吉田選手のような豪快な卓球をやる選手が育ってきているというのは、これまた、日本は捨てたものではないと思わせてくれました。中国相手によくやったと思います。あの負けっぷりの良さは、なかなかないです。確かに悔しいのですが、次に繋がると思える負け方でした。是非、リベンジして貰いたいものです。

 今回の、スポーツねたを見て、ぼくは、昨今の、アイドル的なスポーツ選手に嫌気を感じているのだなと気づきました。それは、恐らく、スポーツではない部分が大きくなっているからではないのかなと。だから、シンプルに頑張っている人を見ると、逆に、ぐっと来るのかも知れませんね。

 世界と渡り合うというのは、かくも大変なことなのかと、改めて思うのですが、実際にやっている日本人を見ると、それだけで励みになりますね。これからも是非頑張って行って欲しいものです。

posted by mogura at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

SVGというファイルフォーマット

 前のエントリーで、Snap Noteというソフトに行き着いたという話を書いたのですが、このSnap Noteに採用されているファイルフォーマットにSVGというのがあります。SVGという拡張子にお目にかかったことがなかったので、最初、独自フォーマットだと思っていたのですが、どうも、そうではないらしいということに気づいて、ちょっと調べてみました。詳しくは、こちらこちらを見て頂くとして、このファイル形式は、Visioに使われているファイル形式のようですね。
 ぼくは、Visioは使ったことがないのですが、作図ソフトとしては有名ですよね。そういう有名なファイルフォーマットの仕様が公開されているとは知りませんでした。
 このファイルフォーマットの良いところは、ファイル自体は、テキストファイルになっていて、XMLというタグベースのファイルフォーマットになっているところです。なので、線などの簡単な図形なら、テキストエディターで書けてしまうという手軽さがあります。

 ぼくは、昔、テキストの色や、強調、フォントなどを自由に変えられる、リッチテキスト系のエディターモジュールを作ってみようかと思っていた時期があります。このモジュールを一つつくれば、例えば、今回探した、リッチメモ帳や日記帳など、いろいろなソフトに使える共通ソースが作れると思ったわけです。
 この時、フォーマットをどうしようか悩んだのですが、その時、無難な候補として考えたのが、HTMLでした。HTMLもテキスト形式のファイルなので、このフォーマットで書いておけば、いろいろ便利かなと思ったわけです。
 でも、HTMLの編集が出来るものを作るということは、結局、ホームページビルダーのようなものを作ることに等しく、独自ブラウザ + 編集機能なものになるわけですから、ちょっと面倒になって、今に至ってしまいました。
 ここで、ふと気づきました。HTMLは、素材をレイアウトするには、よく出来た言語です。タグというテキストを書くだけで、いろいろな素材を見栄えよく作ることが出来ます。それを解析して、表示するブラウザを作るのは、とても難しい技術が必要ですが、HTMLを作ること自体は、そんなに難しいことではありません。簡単なものなら、テキストエディターがあれば、作ることが出来るわけですから。これ、SVGとよく似てますよね。では、SVGとの違いは何でしょうか?
 それは、HTMLでは、作図が出来ないんです。HTMLの場合、イメージ化したものを別ファイルにして、それを指定の場所に表示することは出来るのですが、その表示した、イメージを別のものに編集することは出来ません。
 例えば、四角にかこまれたテキスト文字をJpegなどのイメージにして、それをHTMLで表示することはできます。でも、一度、イメージ化したものは、テキスト情報は失われてしまいますので、文字を変更したいと思っても、変更することはできません。これは、タグで、書いたわけではなく、イメージファイルになってしまっていることが原因です。
 ところが、SVGの場合、これをXMLとして、書くことができます。つまり、テキストの指示の中に、この座標に線を引いて、ここにテキストをこの大きさで表示しなさいと指定することが出来るわけです。これは、テキスト指示で、作図が出来ることを意味しています。
 このフォーマット、とてもいいと思うのぼくだけでしょうか?ぼくは、常々、テキストファイルは、物足らないと思っていました。もっと、いろいろ装飾できてもいいのではないかと。文字を太くしたり、色を変えられたり、一部を太くしたり、下線や、ラインマーカーなど、装飾したいと思うのは、ぼくだけではないはずです。それが、SVGなら、なんなく実現するような気がします。
 これ、メールに乗るようにならないですかね?メールは、確かに、HTMLで送ることが出来ますが、メールにおけるHTMLの最大の欠点は、スクリプトが走るために、ウイルスの驚異にさらされることです。文章ファイルに、スクリプトは、不要だと思います。その点、SVGなら、そういうことにはならないような気がします。(SVGの仕様を吟味したわけではないので、間違っているかも知れませんが)しかも、作図が簡単にできるというのは、大きなメリットになります。いろいろ表現の幅が広がりますよね。デコメや、アスキーアートなどが流行っているくらいですから、ニーズはあるような気がするんですよね。
 でも、SVG、実は新しいフォーマットではなくて、普及していないのが現状なんですよね。いやはや、なぜ流行らないのでしょう?スタンダードに成って欲しいと思う規格なんですけどね〜。

Microsoft Office Visio Standard 2010
Microsoft Office Visio Standard 2010
マイクロソフト 2010-06-17
売り上げランキング : 1464


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

posted by mogura at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ノートソフトを探してみた

 今読んでいる本は、文章はとてもよく書けているのですが、図があまり入っていません。頭を整理するという意味では、図解してみるとスッキリしそうな感じなので、時間がかかるけれど、ポイント、ポイントで図解してみようかと思い立ったのですが、いいソフトがないことに気づきました。前にも一度別のもので、試みたことがあったような気がするのですが、そのときは、あきらめて、普通の手書きノートにまとめたような気がします。これを機会に少し、探して見ました。

 この手のソフトだと、まず思いつくのが、アウトラインプロセッサ とかアイデアプロセッサというジャンルです。こいつらは、文章の階層構造を作ること、あるいは、アイデアの相関図に主眼がおかれたソフトです。語弊があるかも知れませんが、簡単に言ってしまえば目次の構成を簡単に管理できるようにしているソフトと言ってもいいかも知れません。
 この手のソフトの中には、図解機能を備えたものも、いくつかあるようなので、使えないかなと思ったのですが、やはり、文章を書きやすくする、あるいは、アイデアをまとめることに特化しているところがあるので、ノートという感じではありません。欲しい機能は、文章管理というよりも、断片的メモで構わないので、自由に書けるノートというイメージです。そういう意味では、アイデアプロセッサは、少し向いているかとも思ったのですが、相関図だけを書きたいわけではないので、ピッタリ来てないと思いました。

 次の候補として考えたのが、プレゼン資料を作るときに使うパワーポインター。ぼくは、あまりパワポは使ったことがないのですが、ぼくの先輩にパワポが大好きな人がいて、何をまとめるにもパワポを使っている人がいます。いろいろなものが自由に配置出来ることと、テンプレが割と充実していることがお気に入りの理由みたいです。
 ぼくの環境のofficeは、実は、まだ2000だったりします。office高いので、何か、買う気がしないわけです。しかも、Standardだったかな?とにかく、パワポがついてないやつなんです。だから、導入するとすれば、Open Officeかなと、少しいじってみました。
 思ったより充実しているという印象を持ちました。確かに、自由配置出来るところは、魅力なのですが、今度は、文字主体のものを作ろうとした場合に、無理が出そうです。やはり、プロジェクターに映すことを前提として作られたものですので、箇条書きや、分かり易い絵をうまく配置するのには、向いていますが、文章をレイアウトするのには、向いていません。ポイントを分かり易く整理するという意味では、こういう環境でまとめたもののほうが、本当にポイントを絞り込んでいるということになるのかも知れませんが、目的は、自分用のノートなので、文章で残したいと思う場合もありそうです。そういう意味では、Wordのほうが向いているのかも知れませんが、Wordは、作図機能が不十分だし、図のレイアウトが、一意的にしかできない、何よりも、重いのが気に入らないと、ピッタリ来ません。
 ところで、OpenOfficeのパワポのファイル形式は、独自スタイルなんですね。動作に対する不安感もありそうな感じです。(プレゼンの失敗談が、結構多い)何より、重いですね。メモを書くのに、いちいち、これを起動して、読み書きするのは、ストレスを感じそうです。しかも、環境が変わると毎回この重いソフトをインストールしなければいけないのかと思うと、ちょっと気が重くなります。もっと、ライトなものがないのかなと、さらに探してみました。

 フリーのドロー系のソフトは、昔に比べてかなり充実していますね。ぼくは、ドロー系のソフトは、割と好きで、いろいろ試しているのですが、ドロー系のソフトは、やっぱり作図ソフトです。今度は、メモを書いたり編集したりするのは、いいのですが、メモの管理が重そうです。それと、やはり、環境を整えるのが、一手間かかります。メモソフトですので、exeを持ち運べるものか、常に、他の環境にも入っているものがいい。そういう意味では、クラウドは、喜ばれるのかも知れないと思いましたが、ぼくは、ネットがないと使えない環境には、やっぱり、何処か、違和感を感じるので、クラウドは、やっぱり避けたい。

 ということで、思ったより、リッチなメモソフトのようなものってないということに気づきました。Wordの使いやすくて、機能が絞られているものが欲しいのですが、なかなかないですね。特に、フローチャートのようなものが、簡単に書ける作図機能がついたものって、ありません。

 めげずに探していると、Microsoftに、OneNoteというソフトがあることを知りました。(昔、なにかで、見かけた記憶がよみがえってきた)
 このソフトは、いろいろなところで、絶賛されています。
 Webの断片的な情報をまとめたりするのに、重宝するソフトみたいです。良い値段するようですが、使い出したら、必需品になるようです。試してみようかと思ったのですが、Microsoftなので、値段が高い。重そう。よく調べてみると、編集して出来るファイルが一つではないらしいなど、機能がリッチ過ぎる感じです。別の目的で使うにはいいのかも知れませんが、今回の目的には、合わないような気がしてきました。

 ということで、あきらめかけていたのですが、最終的に落ち着いたのは、これ(長かった)。ここの、Snap Noteというのを使ってみることにしました。長くなったので、使用感なんかは、また別途書くかも知れませんが、ライトな感じでなかなか良さそうです。
 実は、その下の方に書かれている、SVG Catsというのは、昔いじった記憶があって、昔の残骸を探してみたら、使ったことがありました。その時は、使い方がわからなかっただけかも知れませんが、テキストが、一行単位でしか入力できなくて、面倒になり、使うのをやめた記憶があります。
 今回、進化したバージョンは、そんなことはなく、ちょっと使った感じでは、あまりストレスは感じませんでした。UIは、ちょっと独特なものがありそうですので、慣れるまで、時間がかかるかもしれませんが、ソースも公開されているので、最悪は、自分好みにアレンジすることも出来そうです。

 たかが、リッチテキストエディター + 作図機能のソフトが欲しいと思っただけなのに、こんなに時間を食ってしまいました。エディット環境って、リッチものとプアーなものの差が大きくて、中間なものがないですね。テキストエディターは、たくさんあるし、ホームページで使う素材を作るためのソフトは充実しているのに、こういうニーズってないのでしょうか?ニーズがないのではなくて、きっと、ビジネスにならないってことなんでしょうね。1から作ろうと思ったら、テキストと違って、きっと大変な苦労をしそうですもん。いろいろな意味で、報われない苦労はしたくないですよね。ちょっとだけ、自分で作ってみようかとも思ったのですが、いろいろ想像すると大変そうなので、萎えちゃいました。取りあえず、よさそうなソフトが見つかったので、これで、様子みようと思います。

Microsoft Office OneNote 2010
Microsoft Office OneNote 2010
マイクロソフト 2010-06-17
売り上げランキング : 1461


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

posted by mogura at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

お客様の目線

 溜まった情報処理を一生懸命やっているのですが、そうすると、書き留めておきたいと思うものも増えて来てます。でも、面倒なので、なかなか筆が進みませんね。ぼちぼち、書いて行きましょうか。

 溜まっていた、ほぼ日をぼちぼち見ていたら、グラフィックデザイナーの祖父江慎さんという方のお話が出てました。どの回も面白かったのですが、今回は、ここに反応してみます。

 なかなか面白いことを仰ってますよね。感性がすごいと感じました。ぼくなんかとは、真逆な感じがして、面白いですよね。

 市場調査や、マーケティングなんかして、需要調査して、企画を立てて、お客様の目線にたつとなんて、言ってるけど、これに対する違和感は、ちょっと、上から目線になっているということなのかも知れませんね。ぼくは、お客様に媚びすぎているというところに違和感を感じていたのですが、上から目線になっちゃうというのは、そうかも知れないと思いました。本当の意味で、お客様(他人)の目線に立つなんてこと、実際には、出来ないのかも知れません。
 かといって、自分が好きな物を押しつけるのも違うと、わくわく感を大事になんてことは、やっぱり感性豊かな感じを受けますね。

 ぼくは、企画屋さんには、向いてないと常々思っていたのですが、この回を読んで、改めて、向いてないと再認識しました。やっぱり、情熱に溢れた、わくわく感漂う人が、みんなを伝染させて、まわりを動かす、それが、企画屋さんの才能なんでしょうね。
 わくわく感、大事にしたいですね。
posted by mogura at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

削ることの難しさ

 最近、ニュースのチェックどころか、普通のblogチェックすら、まともに出来ていないように思えます。メールも溜まってしまって、あるメーリングリストなど、未読が500件を超えてしまい、いやはや、どうしようもないなと思うのですが、かといって、具体的な対応策も思いつかない始末。この情報の大洪水に対して、どうアプローチすればいいのか、思案のしどころですね。

 そんな、情報を少しでも整理しようと、溜まってしまった、ほぼ日を見ていたら、「自分の健康について考える道具」というのをやっていました。糸井さんや岩田さんが、仰っているような感じで、ぼくも最近では、この本論にもいろいろ共感が持てるのですが、今日は、この回の違うところに反応してみます。以下、引用です。

岩田
それが、だんだん削ぎ落とされて
いまの冊子のかたちになったんですよね。
つまり、「熱意のこもった分厚いバインダー」を
「小さな冊子」にすることで、
いろんな敷居がさがって可能性が広がったわけです。
それって、じつは、
ゲームをつくるときの流れとよく似てるんです。


 ぼくは、仕事柄、携帯電話なのどの電子機器の機能について、こういうことをよく考えてしまうのですが、何も、こういうのは、電子機器に限ったことではないんですね。
 最近は、引き算の美学的な話をよく聞くのですが、この手の話は、なかなか一般の方には、受け入れてもらえないのが現状のような気がします。特に、オーダーメイドのようなものの場合、仕様打ち合わせをすると、同じお金を払うなら、機能が少ないのは損だと考えるのか、後から、後から機能が追加されていって、あれも、これもとなってしまうことが多々あります。だから、この削る作業っていうのは、実は、とても難しい作業なんですよね。
 また、逆のパターンがあるのも事実なんです。特に、初号機なんかは、時間が足らなくて、本来あると、とても便利な機能を実装することが出来ない。でも、面倒な使い方をすれば、使えないことはないから、納期優先で、発売してしまう。この場合は、明らかに足さなければいけないパターンで、確信犯なんですが、削りすぎると、そのパターンに陥る場合もあります。だから、その見分けがとても大事になります。
 
 このようなものは、何も電子機器の機能だけではなくて、こういう冊子作りとかにも出て来るんですね。最近ちょっとしたプレゼン資料を作らなければいけなかったのですが、こういったものを作る時にも頭の隅に入れておいたほうがいいのかも知れません。説明資料にあれも、これもとするのではなくて、きちんとポイントを抑えて、資料を整理するべきなんでしょうね。(といっても、もう後の祭りなのですが・・)
 削る作業というのは、そのものをよく理解していないと、削ることが出来ないような気がします。足すほうは、必要ないものを足しても、それは使いにくく(あるいは、わかりにくく)なるかも知れませんが、無視されるだけですので、実は、簡単に実行に移せます。でも、削るほうはそうは、いきません。下手をすると、削ったものに関わっていたもの全てに影響を及ぼすかもしれません。なので、本当に本質を理解した上で、必要ないと判断できないと、危険なわけです。そういう意味では、削る作業というのは、本質えを理解するという意味でも、重要なことかも知れません。
 実際には、試行錯誤の段階で、なんども試してみるのが一番の近道だと思うのですが、試せないものもいっぱいありますので、なかなか難しい。そういう意味では、冊子のようなものだと、簡単に試せるからいいな〜とちょっとうらやましく思ったりもしました。
 ゲームが削る作業というのも、新鮮ですね。DSは、小型機なんで、特にそうなのかも知れませんね。
 何かを作るとき、削れるようになってきたら、一人前なのかもしれませんね。
posted by mogura at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

脳に個人差はあるのか?

 「脳の情報処理」という本を読んでいます。脳に興味を持ち始めて、いいろいろな本をちょっとずつ読み始めてんでいるのですが、この本は、概要書という意味では、とても分かり易い、教科書だと思います。
 この本を読んでいて、やはり、脳にも個人差があるのではなかろうかと改めて思いました。脳の仕事が、情報処理だと割り切ると、情報処理がたくさん出来る脳のほうが有利です。それは、すなわち、脳の大きさというか、神経の数、キャパシティが大きい脳が有利ということになるような気がします。
 脳が処理している情報は、視角や聴覚、思考や記憶など、いろいろなものがありますが、それぞれの処理は、いろいろなところに分散されてれているようです。つまり、視角処理に使われるところ、聴覚処理に使われるところ、思考に使われるところなど、いろいろな系を通って処理されるようですが、それぞれの処理のとき使われないところもあるようです。ということは、その使う部分の処理能力が高い人は、それにまつわる能力が高いということになります。感情豊な物語が書ける人と、数学の得意な人は、使っている脳の部分が異なっていて、その部分の処理能力が高いということになるのではないかと思うわけです。
 果たして、この能力差というのは、努力の積み重ねによって、後天的についたものでしょうか、それとも、既に備わっていた先天的なものなのでしょうか?学者達は、全ての説明を後天説、すなわち、学習による積み重ねで説明しようとしたらしいのですが、どうも、無理があるらしいです。
 スポーツの世界でも、例えば、筋肉の質が、日本人と黒人では違うといいます。これは、先天的に与えられたもので、後から、いくら鍛えても、変わることは、ありません。同じように、脳の部位にも、例えば、大きさや質に差があるのではないかと思うわけです。なので、努力によって超えられないものは、やはり存在するような気がします。それが、天才と凡人の違いということではないでしょうか?
 ただし、脳は、学習能力が高い、すなわち、どんどん変化する特殊な機能を有しているところなので、他の所と比べると、後天的に変化出来る部分は多いと思います。なので、努力が無駄になるとは、思いません。やればやるだけ(刺激を与えれば、与えるだけ)、どんどん、変化していく部位のようですから。ただ、同じことをやれば、同じように天才になれるかというと、練習すれば、誰でも能力値の高いスポーツ選手になれるかという命題と似ている気がします。
 部位によって脳の情報処理能力に先天的に個人差があるとすると、ここに得意不得意が出てきます。得意なことは、好きなことになりやすく、好きなことは、なんども繰り返し学習する(努力する)ことが楽しくて苦にならないので、学習により得られるものも多くなり、後天的な能力も身につくという正のループができあがります。
 また、脳の部位に個人差があるということは、その処理を行って得られる結果は、人によって違うということになります。つまり、出来る人と出来ない人で見えている世界が違う。そして、それは、見えない人にとっては、見えている人のいっていることが理解出来ないということになるような気がします。
 こんなことをつらつらと考えると、人は自分が出来ることは、みんなも出来て当たり前とか、人はみんな一緒なんだと考えがちですが、実は、ひとりひとり、全然違うのかも知れません。
 
 この本には、他にも、面白いことがいろいろ書いてありました。意識の話なんて、興味深いです。まだまだ、不思議がいっぱいで、興味が尽きない分野です。



脳の情報処理―選択から見た行動制御 (ライブラリ情報学コア・テキスト)
脳の情報処理―選択から見た行動制御 (ライブラリ情報学コア・テキスト)

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

posted by mogura at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

人はなぜ、忙しいのか?

 「人はなぜ、忙しいのか?」これは、BRUTUSという雑誌に掲載されていた、吉本隆明特集の中の一つです。随分前に買った雑誌なのですが、いまごろ、ちょろちょろと読んでいます。(こういう雑誌、ぼくはあまり買うことはないのですが、これ見て、買ってしまったわけです。でも、結局、まだちゃんと読んでないのですが・・)
 ぼくは、みんな、なんで、こんなにせっかちなんだろうと、常々疑問に思っていたのですが、その答えの一つがここに書かれているような気がします。
 今の人の多くは、企業で働いています。現代の企業社会は、競争社会です。競争社会では、スピードは重要なポイントです。なので、経営者は、従業員にスピードを求めます。これが、めぐりめぐって、家庭の中まで入り込んでいるのが今の社会なのかも知れません。(ちょっと端折りましたが)
 これは、人が作っている時間に、みんなが翻弄されていることになるのかも知れません。昔は、自然の中で生きていました。例えば、農業なんかは、農作物の都合に人が合わせていたのでしょうし、狩猟にしても、自然に人が合わせていた。だから、時間も、人が自然のサイクルに合わせていたのかなと想像します。
 今はというと、人が人の都合に合わせるために、時を過ごしている。そして、効率を求めることで、このサイクルがどんどん短くなって来ている。だから、みんな忙しいと言っているということなのでしょう。
 こういうサイクルから、ぼくは抜け出したいと願う気持ちが少しあるのですが、そうするということは、この社会から決別することとイコールになることかも知れないと思いました。
 人である以上、どんな社会になっても、結局忙しい世界になってしまうのか?それとも、人が作ったシステムなのだから、社会を変えるということが出来るのか、はたまた、世捨て人にならないと、逃げられないのか、いろいろと考えてしまいました。

 世の中には、忙しいことが好きな人が意外と多いですよね。ぼくは怠け者なので、余裕をもって仕事をしたい。でも、周りは、それを許してくれないことが多いというのは、結局、目に見えない人のシステムに振り回されているのかも知れませんね。この目に見えない力のようなものはなんなんだろうと思っていたのですが、なんとなく、正体が見えて来たような気がします。さて、どういうつきあい方をするのが、自分に合っているのでしょう。いろいろ、考えさせられるテーマでした。
posted by mogura at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

ネット小説

 今、ほぼ日で、大沢在昌さんという人の新宿鮫というシリーズの小説が連載されています。連載前に対談やっていたので、連載することは知っていたのですが、小説のような文章をブラウザで読む気がしなくて、読まず嫌いでいたのですが、先々週辺りから、暇な時間に読み出したら、結構、読めることに驚きました。ぼくは、それほど活字中毒ではないし、実際、読むことに苦痛を感じることもままあります。なので、読むこと自体は、恐らくそんなに好きではないような気がします。それでも、スラスラ読めるという体験は、結構不思議な感じがしました。このネット小説は、一回の文の量がちょうどいいし、何よりも、縦書きであることがいい。とても工夫されていると思います。

 このような小説、ぼくは、あまり読まないので、大沢在昌という作家は知らなかったのですが、ここで、連載されることで、知りました。読んでみて、残念ながら、本を買おうとは、思わなかったのですが、毎週このネット小説を読んでみようとは思っています。正直、ファンになるとは思わないのですが、小説自体は、面白いと思っています。やはり、読んでもらわないと、始まらないとつくづく思いました。
 ぼくは、あまり興味がないのですが、携帯小説という分野が出来たことも、何となく、わかる気がしてきました。言い方は、悪いですが、こういう読み捨てにするような、ライトな娯楽小説とネットとの相性は、案外いいのかも知れません。

 こういうのって、著作者にとっては、チャンスなのでは、思うのですが、どうなのでしょう。保護がなくなるという意味では、辛い時代なのでしょうか?でも、何もしなければ、売れないままだし、こういう形にならなければ、ぼくは、目にすることもなかったわけで、やっぱりチャンスと捕らえるべきのような気がしますが、如何でしょうか。この業界は、他分野と比べて、どんどん取り残されていっている気がして仕方がありません。業界が活性化しないと、良い作品は、生まれにくいと思いますので、手遅れにならないように、ぜひ頑張って欲しいものです。
posted by mogura at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

Amazonの商品リンク

 このブログでは、たまにAmazonの商品リンクを貼っていますが、実は、アフェリエイト自体には、あまり興味がないんです。一時期、これで、サイト運営費くらい稼げないかと、真面目に考えていたこともあったのですが、思っていたより大変そうだし、なんだか、馬鹿らしくなったので、その方向は、あきらめてしまったのですが、Amazonのアフェリエイトには登録しています。Amazonのアフェリエイトでの稼ぎは、実は0だし、0である理由は、一生懸命、売ってない、つまり、売れるサイト作りや情報提供していないからだだと思うのですが、これから先も、一所懸命売る積もりはありません。では、なぜ、Amazonのアフェリエイトに登録しているかというと、自分が、いいと思ったものについて、説明するときの画像が欲しかったからなんです。

 本や音楽など、何かを勧めたいと思ったとき、文章で説明することに苛立ちを感じることが少なくありません。見て貰えば、聞いて貰えばなんて、思うことがたくさんあります。
 かといって、勝手に、そう言う物を公開してしまうと、著作権がという話になるのかも知れません。ネットの世界では、そういうことを気にしていない人もたくさんいますが、著作者が本意でないことをする気はぼくにはないので、画像一枚、何処かからコピーして、このサイトに貼るのは、実は、躊躇してしまうことが多々あります。いくら、ネットがコピーの文化であっても、やはり、嫌がることをするのは、嫌なんんです(例え、こっちが、宣伝してあげたいと思う気持ちがあったとしても)。実は、そう言う気持ちもあって、大道芸のシステムに学ぶを書いてしまったのですが、Amazonの商品リンクなら、そういうことを気にする必要はないわけです。むしろ、どんどん宣伝してくれよと。さらに、うまくすれば、お小遣いももらえるわけです。お小遣いが目的になってしまうと、歪みが出て来るかも知れませんが(もう出ているのかも知れませんが)、なかなかよく出来ているシステムだと、思います。

 そういう理由で、Amazonのアフェリエイトを利用していると、Amazonのデフォルトリンクだと、いろいろ不満が出てきます。だって、如何にも、広告ですと言わんばかりのリンクだったりするわけじゃないですか。そもそも、Amazoneの商品リンクを利用してみようと思ったのは、あの如何にも、広告だのリンクじゃなくて、もう少しスマートなものを見たからなんです。特に、書評をしているサイトの商品リンクは、口コミ情報なんかが出ていて、とても面白いと思ったわけです。ところが、いざ、Amazoneに登録してみると、そんな商品リンクは、何処にもなくて、例えば、 こんなのしかなかったわけです。



何かすれば、出来るんだろうなと思っていたのですが、探すのが面倒だったので、今まで、そのままにしていたのですが、先のエントリーは、正に、お勧め商品の説明だったので、この際、調べてみた次第です。(商品リンクが詳しくなっていたのに、気づきました?)

 この商品リンクを作れるサイトというのが、あって、有名どころは、amazletさんと、G-Toolさんみたいです。amazleさんは、デフォルトの形で、細かいところで、ちょっと気に入らないところがあって、それをいじるのが面倒そうだったので、ぼくは、G-Toolさんを使うことにしました。G-Toolさんで、商品リンクを作ると、上記、リンクは、こうなります。

工人舎 モバイルPC KOHJINSHA PM1シリーズ AtomZ510 SSD16GB WinXP HomeSP3 ホワイト PM1WX16SA
工人舎 モバイルPC KOHJINSHA PM1シリーズ AtomZ510 SSD16GB WinXP HomeSP3 ホワイト PM1WX16SA
工人舎 2009-10-03
売り上げランキング : 61279

おすすめ平均 star
star使える。ただし、目的による

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


 Amazonの詳しい、口コミ情報を掲載することも出来ますし、画像だけのリンクも可能です。文字だけでも可能ですし、画像だけでもリンクを作ることができます。大きい画像の商品リンクを作りたいと思ったことが過去にあったのですが、ここなら、作ることが可能なようです。

工人舎 モバイルPC KOHJINSHA PM1シリーズ AtomZ510 SSD16GB WinXP HomeSP3 ホワイト PM1WX16SA

 それにしても、なんで、Amazon本体で、こういうことやってくれないんでしょうか?こういうのって、Amazonの生命線だと思うのですが、別サイトになっていると、管理が、面倒だと思ってしまいます。こういうのって、ある意味、フリーサイトの弊害なような気がします。無料で、ものが手に入るけど、まとまりがない。サービスの質は落ちるような気がします。まあ、逆に、このように利用者が、カスタマズ出来る余地があったから、こういうことが出来るようになったという見方もできますが、ぼくには、やはり片手落ちな感じがします(どっちも、どっち)。

 ということで、せっかく重い腰あげて、調べたので、今後はいろいろ使わせて貰おうかと思っています。Amazonさんは、商品の豊富さは、半端じゃありませんからね。
posted by mogura at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

大道芸のシステムに学ぶ

 最近、よく出版不況というようなことを耳にします。それは、ネットが普及したためということで、ネットが悪玉の親分であるような分析の仕方をしている方や、どちらかというと、あきらめムードで仕方がないというような言い方をしている方など様々ですが、ネットによる変化に対応できていないというのが、大方の見方なのでしょうか?
 確かに、週刊誌や月刊誌のような定期購読系のものは買わなくなったような気がするのですが、ぼくは、ネットのおかげで、本については、昔に比べて買っているような気がします。にも関わらず、不況だと言っているということは、今は、定期的に入ってくる週刊誌や月刊誌等の利益に依存しているということなのでしょうね。

 ネットをするようになって、本を買うようになった原因はあきらかで、ネット上では、多くの人が書評を出していて、それを見て興味を持つことが多くなってきているからです。これまでは、存在すら知らなかった本の存在を知ることが出来るというのは、ぼくにとっては、大きくて、ぼくの場合、本を買わなかった理由は、興味ある本の存在を知らなかったからだと思います。

 どんな良い本でも、その存在を知って貰わなければ、出してないのと同じです。いかに、その存在を多くの人に知って貰うかというのは、重要なファクターだと思います。それは、本に限ったことではなくて、音楽や、ゲーム、ソフト、オリジナルな商品、サービスなど全般に言えることなのではないかと思います。

 そこで、ふと、思いついたのですが、昔の大道芸人のように、ところ構わず、芸を披露して、その結果、良ければお金を頂くというシステムを考えてみてはどうでしょう。よくは知りませんが、大道芸人の方達は、通りで、人を集め、芸を見せます。そして、終わったところで、観客の皆さんから、投げ銭で、お金を徴収して行くというシステムです。入場料を先に払うのではなくて、まず見て貰って、良ければお金を払ってもらう。よく考えると、これってとても理にかなっていますよね。

 中身を見る前にお金を払うのって、もし満足出来なかったら、詐欺にあった気分になりますよね。ネットの販促でも、アフェリエイト系と思われる書評については、うまく読者を誘導して買わせるのですが、実際、読んでみると、がっかりすることが多かったりして、満足出来なかったことも多々ありました。これは、双方に取って、損じゃないかと思うのですが、どうでしょうか。

 電子データになれば、違法コピーがはびこるという話は、良く聞くのですが、違法コピーは、ある種良い宣伝になっていると思うんです。ただ、それが、ビジネスに結びつかないのは、前払いなシステムになっているからじゃないのかなと考えました。

 例えば、音楽のデータを時限式のデータで公開して、数ヶ月は全て無料で公開します。iPodでもなんでも、好きな環境で、好きなようにお楽しみ下さいとしてしまって、数ヶ月経つと聞けない状態にする。もし、継続して聞きたい場合は、購入して下さいとしてしまう。このデータについては、どれだけコピーが出回っても問題ないですよね。寧ろ、どんどんコピーして欲しい。もっと言えば、ダウンロードされたサイトには、特典を与えるくらいでいいのかも知れません。違法コピーが出回るくらいなら、こういうデータが出回ったほうがいいですよね。今の視聴データって中途半端な気がします。どうせやるなら、視聴者にじっくり吟味してもらえるようなシステムにすればいいのにとつくづく思います。こういう体験版的なもの(コピーフリーなもの)を提供者が準備すれば、紹介者は、大手を振って紹介出来るし、購入者も満足いくものだけをチョイス出来る。わざわざ、違法コピーを掲載するメリットもかなり薄れる。興味本位の一見さんにとっては、この体験版で十分と思われますから。どうでしょう、システムとしては、メリットが大きいと思いうのですが、如何でしょうか?(実は、このシステムは、ソフトのシェアウエアの考え方と同じです。今のソフトの状況を考えると、やはり、成立しないのかな〜)

 ただ、このシステムは、商品に実力がない場合は、成立しません。後払いですから、体験して貰った後、なお欲しいと思わせるだけの実力が必要です。つまり、いままで、口先で買わせていたものについては、すべて拒否されることになります。これまでの商品の中で、果たして、どれだけのものが、生き残るかを考えれば、提供側は、よりシビアになるような気がします。でも、もう既に、情報過多でそういう状況になっていて、これから、そういう方向に進むと思われるのであれば、チャレンジしてみてもいいのかも知れません(あるいは、するしかないのかも)。

 と、だらだらと書いて来たのですが、ようは、そういうシステムが、個人的に欲しいと思った次第です。本や、漫画、音楽などなど、よくわからない情報に振り回されるのではなくて、ちゃんと内容を確認してから、買えるようにならないかなと。
 著作権の権利ばかりを主張していても仕方がないと思うんですよね。著作者は、見ても貰って、聞いて貰って、使って貰って、始めてそこに価値が生まれる。そんな当たり前のことを忘れているような気がするのですが・・・考えすぎなのでしょうか?
 
posted by mogura at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

芸術と観客

 これまた、随分前に読んだものなのですが、思い出しながら、辿ってやっと見つけたので、メモを記します。

 ほぼ日のコンテンツの中に、よく吉本隆明さんのお話が出て来きます。ぼくは、吉本隆明という名前は聞いたことありましたが、名前ぐらいしか知りませんでした。糸井さんは、この方をとても尊敬していらっしゃるようで、いろいろ関わりをお持ちになっていて、よく話題に上ってきます。そんな糸井さんの影響で、ぼくも、ちょっとずつ興味を持ち始めているようです。
 そんな中、「吉本隆明のほうんとうの考え」というコーナーの中の010芸術の回は、とても印象に残っています。
 
 今の世の中、多くの人の関心を得ることが、回りまわって、お金に繋がっていきます。人を集めること=ビジネス的な考え方も、あながち間違いとは言えないようです。でも、このことと、良い商品、良いサービスはイコールにはならない気がするのです。
 多くの人の支持が、必ずしも正しいとは言えない事例は、たくさんあります。その影で、いいものが駆逐されている例もたくさんあります。
 最近は、サービス本意で、お客様が神様だ、みたいなことをあちこちで聞きます。その前は、品質だと言ってました。どちらも、周りと差別化して、お客様に選んで貰うための手段となっていて、いやらしい言い方をすれば、それで、お金を払ってもらえるからそういうことをやるんですよと言っているように聞こえます。これは、本質的なものではないような気がして仕方がないのですが、今ひとつよくわかっていませんでした。

 今回の吉本隆明さんのお話を読んだ時に、ぼくの中で、このこととや、他のこともそうなのですが、何か、重なるような気がしました。

 幹と枝葉の話というのは、よく聞く話ではあるのですが、実感として、よくわかっていなかったような気がします。でも、例えばこのサービスが、枝葉や花と考えればなんとなく合点が行きます。枝ぶりをよくするために、いろいろなことをやるのですが、結局幹がしっかりしていないと、中身があるようでなくなるということ。そして、今、そういうもので、世の中溢れているのかも知れないと、ちょっと考えてしまいました。枝葉が重要ではないというわけではなくて、枝葉だけを気にしていては、駄目だということなのでしょうね。

 ぼくは、その時点で評価されない芸術や、その時には新しすぎたと評価されなかった技術なんかについて良く考えることがあります。時が経ち、死んでからでないと、評価されないものや、もしかすると、未だに評価されていないものも、たくさんあるのかも知れない。この評価というのが、とてもくせ者なんだな〜と、このお話を読んで思いました。

 だけど、芸術の本質といえば、「人が見る見ない」は関係ないんです。演ずる人がその人であって、自身を納得させることをそのドラマでできればそれで充分、芸術は成り立つんです。(「吉本隆明のほうんとうの考え」010 芸術より引用)


 いろいろなことを考えさせられるお話でした。
posted by mogura at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

「パネル討論 HAI研究のおもしろさとは何か? 」を読んで

 久しぶりの更新になってしまいました。書きたいと思うことは、結構溜まっていたのですが、溜まっては忘れを繰り返して今に至ってしまいました。こういうのは、習慣化することが大事と言いますけど、全くその通りだと思う、今日この頃です。書くことに対するストレスよりも、楽しむ気持ちを維持しつつ、やれたらいいんですが、なかなか日常に忙殺されてしまいます。

 さて、相変わらず、追いついてないのですが、去年の人工知能学会誌を読んでいます。その中に、「パネル討論 HAI研究のおもしろさとは何か? 」という、HAIシンポジウム2008のパネルディスカッションをまとめたものがあったのですが、とても興味深く読ませてもらいました。

 T-D-Fの園山隆輔さんのデザインの話にはじまり、富士通の村川賀彦さんの事業化に対する話、国立情報大学研究所の山田誠二さんの「機械にやさしい人」の話など、どれも、面白かったです。

 ぼくは、人型ロボットのような擬人化系の話には、あまり興味がないのですが、人の役に立つロボットには、かなり興味があります。特に、人とロボット(道具)とのインターフェースについては、まだまだ未成熟な部分が多いのが現状で、機械を扱いきれていない人がまだたくさん居るような気がしてます(時代が進めば、当たり前に変化するのかも知れませんが)。そう言う意味で、こういう分野に興味を持ち始めているのですが、いろいろな考え方があって面白いです。

 この討論会では、事業についての考え方も少し話題に上っていて、少し生々しい感じが面白いです。ビジネスを考える上でのポイントは、技術要素、採算要素、実需要素の三つがポイントで、このうちの実需要素がおざなりになっているんじゃないのとの指摘は、なかなか鋭いところを突いているような気がします。

 園山さんは、デザインは、「関係性を構築する仕事」だそうで、とても面白い考えだと思いました。人とロボット(エージェント)との関わり方というのは、正に、この関係性をどう考えるかということに集約されるような気がします。これ、簡単なようで、実はとても奥が深い話ですよね。そこをとかく、かっこいいとか、かわいいなどの見てくれに捕らわれがちな、デザインから考えて行くというのは、かなり斬新な感じがしました。
 しかし、この部分、実は、人によって大きく変わってくる部分でもあります。よく多様化という言葉が出てきますが、人によって、目的や条件が異なってくるため、この関係性を一元化していくことは、難しいような気がします。それ故、機能全部入りの機械が増えてしまっているのが、現状なのではないかと思います。これが使いにくいからと言って、それぞれの条件に合わせたものを個別にどんどん作っていくと、多様性は、叶えられますが、それを必要とする人は、少数化され、恐らく採算が取れないでしょう。そうなると、大多数の人が欲しているものをベースに、各自が、カスタマズして、自分の条件に合わせていくという方向に成らざるを得ないような気がするのですが、このカスタマイズというのは、人によって面倒だといわれてしまいまいます。あちを立てば、こちらが立たずと、なかなか難しい問題だと、つらつら考えてしまいました。
 道具というのは、一昔前は、使う人が、いろいろと工夫して、自分にあったものに仕立て上げていたような気がします。今の世の中、物は、与えられて当たり前で、ある物からチョイスすることにかけては、とても、上手な人が増えているように思えます。でも、ない状態から、道具を作っていく(創造していく)ような人って、少ないような気がします。そのうち、誰かが、作ってくれるだろうと人任せで、工夫することを知らないのかも知れないなと、余計なことまで、考えてしまいました。

 村川さんからは、事業化する時に、必ず問われることが、ロボットと今現存する情報端末との違いは何かということだそうです。この部分のインパクトが、その事業の特徴にそのまま繋がってきますので、大事な部分なのでしょうが、こういうところをはっきりさせるのって、実は、難しい作業だったりするような気がします。
 ちなみに、おもしろさというテーマに対して、「仕事って基本的にはおもしろくないんで」という導入には、思わず、頷いてしまいました。

 山田先生からは、「人に優しい機械」には、限界があるので、「機械にやさしい人」を目指そうというお話がありました。個人的には、機械が人間と同じように対等に話しが出来るようになるという知識は、技術的に無理ということがほぼ明らかになってきたというところに興味を持ちました。どういう理由で、無理と結論づけられてきているのか、興味が尽きないところです。
 山田先生も、言ってしまえば、人間を中心に、ロボットを道具として、使用するような方向を考えていらっしゃるのかなと、勝手に推測しているのですが、この考え方には、共感が持てます。人のようなロボットを作るという方向ではなくて、やはり、人の役に立つロボットという方向がいろいろな意味で、面白いと改めて、思いました。

 ということで、メモがてら、記録を付けておこうかと思います。興味を持たれた方には、読んでみてもらいたいと思ったのですが、どうも、公開はされていないようで残念です。


 
posted by mogura at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月11日

HAI

 今年のお正月は、連休が短くて、慌ただしいお正月になってしまったのですが、それなりにまとまった時間が取れたので、溜まってしまっている論文誌を何本か読みました。(といっても、一冊完読はできなかったのですが・・・)
 その中で、HAIという分野の特集をやっていたのですが、なかなか面白そうな分野だと思いました。HAIは、Human-Agent Interactionの略で、人と人工物の間をどのようにインタラクション(やりとり)するかを研究している分野のようです。(こちらの解説がいいでしょうか)
 例えば、人は、物を擬人化するという行為を取ったりしますが、どのような条件のとき、そういうことになるのか。ロボットを人と同種とみるための条件は何か。などなど、人とどういうやりとりをしていくことが、スムーズになるのかを研究している分野のようです。人がなんとなくやっていることをいろいろな角度から解明し、それを利用して、人工物とのやりとりに応用しようといったところでしょうか。なかなか面白い試みですよね。
 現在のヒューマンインターフェースは、どんなに分かり易く作っても、わからない人にはわからないというのが、ぼくの持論で、例えば、エレベータのシステムがわからない人にいくら説明しても、ボタンで指示するシステムは理解して貰うことは出来ない。そうなると、今のシステムには、自ずと限界があるのではと思っていたりするのですが、HAIで、その辺り(なぜボタンで指示するシステムがわからないのか?どんなインターフェースだと、理解出来るのか?)が解明されれば画期的なヒューマンインターフェースが生まれるのかも知れません。
 ぼくが脳に興味を持ち始めているのは、実は、この辺りにも興味があるからなのですが、HAI関連の話を読んでいると、とても広い知識が必要で、特に人間について、よく知る必要があるのだなと感じました。哲学や心理学は元より、社会学や歴史(過去の事例)なんかも必要で、とても幅広い知識がいるような気がします。このあたり、ぼくは苦手な分野で、ある意味避けて通りたいと思っているところがあります。とはいえ、こういうのを読むと、やはり避けては通れないのかなと、思い始めていたりします。
 どんな分野であれ、人に関わることをやっているのであれば、人について、たくさん知っている人が強いんだろうなと思います。サービス分野へ生き残りを賭けて行くなら、やはり、人のことを知らなければならないということでしょう。そういう意味では、本当の意味での人工脳やHAIの分野は、今後残ることが出来る分野なのかもしれないなと、思うのですが、ものになるには、相当な時間がかかりそうな気もします。

 去年末までは、こんなこと、考えてなかったのですが、今年は、勉強の幅を少し広げたいと思い始めています。とはいえ、今、興味のある分野ですら、出来てないのに、増やせるのか?というジレンマが出てきそうですね。たくさんの暇が欲しいと思う、今日この頃です。
posted by mogura at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

たまたま見たのですが・・・

 石丸謙二郎さんのblogのメロディ橋。こういうふうに、脳は騙されるんですよ。(思い込みってだけなんですけどね)
posted by mogura at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

空耳アワーのなぞ

 タモリ倶楽部という番組の中の名物コーナーに空耳アワーというコーナーがありますよね。
Wikipediaから説明を引用すると、
視聴者から「日本語以外で歌われているが、あたかも日本語のように聞こえる歌詞(空耳)」の投稿を募り、制作サイドでつけたイメージ映像を交えて紹介するという『タモリ倶楽部』を代表するコーナーのひとつである。


 たまにTVをつけた時にこれをやっていると、最後まで見てしまうのですが、この空耳アワーを聞いていていつも不思議に思うことがあったのですが、昔のある論文を斜め読みして、そのなぞが解けました。

 その論文には、脳が物事を認識する場合、一つの感覚だけではなく複数の感覚を統合して、認識するような話が書かれていて、視覚と聴覚の話について書かれていました。脳が、物を認識するとき、視覚情報だけのときよりも、それに合わせて音を鳴らすような聴覚を刺激するようなものがあった場合のほうが、脳の反応が強くなるというものでした。
 例えば、画面上にクリックボタンが付いていて、そのボタンをクリックするといった場合、クリックすると音がなる場合と音が鳴らない場合とでは、脳の反応が違うのだそうです。

 とここまで書いて、何が言いたいかというと、ぼくは、空耳アワーを聞いていると、いつもそういうふうにしか聞こえないのです。タモリさんは、いまいちとかいろいろ批評されるのですが、ぼくには、どれもその通りにしか聞こえない。たまに2回繰り返して放送されることがあるのですが、やっぱりそういうふう(空耳)にしか聞こえないわけです。

 で、これは、上記の例の逆なのではないかと思いいたったわけです。この放送が流れている間、空耳のところに来ると、音楽に合わせて日本語の字幕が表示されます。これを読むと、脳は、そういうふうに言っていると勝手に補完してしまい、ぼくの場合は、何回聞いても、それを見ている限り、あるいは、それを見てしまった限りは、もうそういうふうにしか聞こえなくなってしまうのかと。なるほどと思ってしまいました。

 今、自分が見て、あるいは聞いている世界は、脳が作り出した世界だそうです。脳の話を読んでいると、脳はいろいろなフィルターを持っていて、自分に都合がいいと思われる情報だけを見せてくれているらしいです。だから、見るもの、聞くもの全てがそこにあるものとは限らなくて、脳が騙されると、そこにあるものでも、見えなかったり、聞こえなかったりするらしいです。

 こんなことを考えると、頭が混乱してしまいますよね。ちなみに、複数の感覚を使ったほうが、脳の反応が大きいということであれば、勉強のような学習行為をするときは、なるべく多くの感覚を使うようにしたほうがいいのかも知れませんね。声をだして読みながら、書くなんてのが、どれか一つやらないよりも、やったほうが効果があるのでしょうか?なんとなく、感覚的には、合致しているようには、思えますが・・・。
posted by mogura at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

日本の将来と博士

 PMとは違う話題も・・・
 もう時間が経っているのですが、折田先生が、「仕分け」会議を聞いて勿体ないと思ったことと題して、ドクターについて書かれています。
 同じ時期に、Googleに見る世界中の天才を集める方法というのを読んだのですが、これらを見て、日本の将来は大丈夫なのかと心配してまいました。

 日本は製造で、経済大国としての基盤を作ってきましたが、その製造業は、中国を始めとする人件費の低い他のアジアの国々に移ってきています。実際、日本の製造工場はどんどん規模が縮小され、どんどんなくなってきているのを肌で感じることが出来ます。
 これまで、世界各国の技術は、製造技術の優れていた日本を経由していたのではないかと思いますが、その技術は今や日本に優先権はなく、アジア各国どこでも手に入れることが出来るようになっています。これは、技術のオープン化や、インターネットの発達と密接に関係していると思いますが、もはや製造では、日本は食べていけないところまできているような気がします。

 製造に必要なものは、博士の優れた脳ではなく、体力です。もちろんそれなりの技術は必要になりますが、これは、ある程度のレベルであれば、教えることで取得可能です。それよりも、たくさんの安くて若い、素直な労働力のほうがありがたいわけです。何せ、作るものは決まっているのわけで、それを忠実に作れる人がいい労働者ということになります。これは、博士とは全く逆の存在でしょう。そういう意味では、今の日本に、博士は必要とされていないのかも知れません。

 でも、これらある種の単純労働は、(というのは言い過ぎかも知れませんが)他のアジア圏に移っていっています。そうなると、自由経済の中で生き残るためには、アメリカのようにならざるを得ないのかも知れません。そうなってくると、博士のような人たちは、とても重要な人材になって来るのではないでしょうか。

 日本の博士は、アメリカなんかと比べてレベルが低いようなことを言われますが、本当に実力のある方は、やり方によっては、アメリカなら評価されます。でも、今の日本では、同じようなことをしても評価される可能性は低いのではないかと感じます。こう考えると今の変化に追従出来る社会にしないと、日本の将来は危ういのかも知れないなどと考えてしまいました。昨今の政府の対応に物足りなさを感じるのは、こういうところなのかも知れないなと、漠然と考えてしまいました。


posted by mogura at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

万歩計を持ち歩いています

 最近、万歩計を持ち歩いています。万歩計には、全く興味がないのですが、薬箱を整理していたら、昔貰った万歩計が出てきました。最近、歩くように心がけているので、試しに、携帯してみたわけです。
 結果は、15000歩くらいから、7000歩くらいは歩いているらしいです。本当かな〜と、疑わしく思うのですが、万歩計が壊れてなければ、結構、万歩近くは歩けているみたいです。(電車の中とか、カウントしてないだろうな・・・)
 こういうのは、やる気を出すための指標のような気がしますので、甘めにでたほうがいいのでしょうか。それとも、厳しい値を出すことで、ムキになるよう仕向けたほうがいいのでしょうか。こういう数字を見て、くだらないことを考えてしまいました。

 最近の万歩計は、加速度センサーとマイコンでも使って、歩数をカウントしているのでしょうか。どちらかというと、こっちのほうが、興味がありますね。万歩計と、GPSの組み合わせなんて、親和性がいいような気がしますが、もうあるのかな。

 最近、趣味で、川沿いを歩いているので、今度、歩くときには、万歩計を持参してみようかと思っています。どんな結果が出ることやら・・
posted by mogura at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月12日

PM買っちゃいました

 今日、誘惑に負けて、ぽっちっとしちゃいました。今週末には、届くかな〜。たのしみ、たのしみ。
 ついでに、無線LAN環境も整えようと、FONにも手を出してしまった。ぶつが届いたら、このブログもPMで書くようになるでしょうね。そうなったら、良い意味でも、悪い意味でも、何処からでも書けちゃうな〜。(仕事している最中でも・・・)
 届いたら、また、適当にレポするかも知れません。
posted by mogura at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | From M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。